たまごビル健康講座                       平成25年4月13日

                                  
   
    平穏死 緩和ケアとROB療法

          関西医科大学 病理部教授
          
              四方 伸明 先生

 
【石垣 邦彦 院長】
 四方先生は病理医です。亡くなられた方を病理解剖した時、苦しんだ姿が浮かんで来るとのことです。臨床医に病態を確認すると、因果関係が有ることが分かってきました。人生の最期に、苦しまないように四方先生の話をよく聞いていただきたい。
元気で長生きし、苦しまないで最期を迎えられるように、今日の講座で勉強していただきたい。

 【四方 先生】

(病理医とは病気の診断や原因を調べる医師です。長年病理医をしてこられ、亡<なられた方を解剖台の上で診ると、生きざまが、死にざまだとよく分かるそうです。苦しまない最後について、お話していただきます )

 日本では出生者数が減少し、死亡者数が増えていて、その結果、日本の人口は減っています。高齢者が増え、日本は多死社会になっています。ここで死生観と、それに対する終末期医療を見ていきます。




 
  
日本では、1976年を境にして、死亡する場所が、自宅から病院へと移っています。2011年では自宅が12.5%に対し、病院が84%と、病院で死ぬことが圧倒的に多くなっています。 

  

 
末期状態の人が希望する療養場所は“自宅”ですが、最後の看取りをする場所は、“今まで通っていた病院”と“緩和ケア病院”が大半で、自宅での看取りは11%しかありません。末期になると、ほとんどの人が病院へ移っています。

      

 しかし、高齢者は自宅で死ぬことを希望する人が多く、理想の死に方としては、“突然死”、ピンピンころりです。

高齢者で、突然死、ピンピンころりを希望する理由は

  家族に迷惑を掛けたくない
  苦しみたくない
  寝たきりなら生きていても仕方がない
  痛みを感じたくない

などです。
         
 在宅療養支援診療所は、要介護状態など、動きにくくなった人たちに家で過ごしていただくため、
医療機関がサポートする目的でできました。
この在宅療養支援診療所の届け出数は2006年から右肩上がりに増えています。


 しかし、在宅療養支援診療所施設届け出数は12487件なのに、死亡時、看取りしている機関数は、半分以下の5833件しか有りません。在宅療養支援診療所でありながら、看取りをしていないということは、最期の時に救急車で病院へ送ったと考えられます。在宅療養支援診療所の365日24時間ケアをするという理念に反すると言えます。



ここで在宅療養支援診療所の問題点、往診と訪問診療の違いを考えます。 
 “往診”とは、緊急時に呼ばれて診る診療です。
 “訪問診療”とは、予定して診療に行くことです。病院に来ることができない人に、定期的に
  訪問して診療します。
しかし、訪問診療の問題点は、最期の緊急時に対応しているかということです。深夜などの緊急時にも往診をしているか、看取りをしているか、ということです。先ほどの在宅療養支援診療所で、最後まで往診・看取りをした機関が半分しかありません。

日本の終末期医療の問題点

麻生 太郎 財務大臣の言葉に
 「死にたいと思っても生かされると、かなわない。政府の金でやってもらうと寝覚めも悪い、
  さっさと死ねるようにしてもらいたい」
乱暴な言葉に聞こえますが、終末期医療の問題点を言っています。
これを“社会保障制度推進法”で言うと
 「医療の在り方については、個人の尊厳が重んじられ.患者の意志がより尊重されるような
  必要な見直しを行い、特に人生の最終段階を穏やかに過ごすことができる環境を整備すること」となります。

 本人が生きたいと望んでいるなら、治療は続けるべきですが、本人が望んでいない状態(意識が無い状態など)で、生命の維持だけを行うことが、適切なことなのでしょうか。自宅で、やすらかに最期を迎えたいと希望する人が、病院でチューブだらけで、ただ生かされていることが、多くなっています。なぜ、こんなことになっているのでしょうか。現状では、最終期に本人の意思に反することが多いのです。


胃 瘻

 ここで身近な例として、“胃瘻”を取り上げます。
胃瘻とは、「腹壁を切開して胃内に管を通し、食物や水分や医薬品を流入させ投与するための処置である」とあります。高齢などで、食事をとりにくい人に、胃に穴を開け、胃に直接栄養剤などを入れる処置です。
もし、大切な人が治らない病気になってしまった場合。そして、高齢で、口から食べられない場合。
この様な場合、施設では、誤嚥の危険性もあるため、注意深く食べさせるのに時間がかかり、スタッフが不足します。そこで安易に胃瘻を付けるよう勧められる場合があります。口から食べにくい場合、直接胃に入れても同じという考えです。スタッフの手間も省けます。しかし、胃瘻を付けてしまうとなかなか離脱できません。だんだん生活力が落ちてきます。

ここで、問題が起こります。
人工呼吸器、点滴、と胃瘻は全く違うもののように思われますが、これらは生命維持装置です。外すと死ぬことになります。点滴は、口から食べられない時、栄養などを入れます。点滴を止めるとエネルギーがなくなるので、死んでしまいます。胃瘻は、食べられないとき胃瘻で栄養を与え体力をつけ、体力が回復すれば胃瘻を止めて、口から食べれば良いものです。
胃瘻は体力をつけさせるための緊急手段として使うべきです。しかし、治らない病気の場合、一度つけてしまうと、快復しないため、離脱ができなくなります。

 重症患者の場合、日本では、多くのチューブをつけられ、「スパゲッティ症候群」という状態になります。多くのチューブがつなげられ、生命を維持しています。認識も意識もない状態でも、生き続けます。快復することはありません。
このような状態で、家族から懇願され、担当医師は装置を外し、点滴を止め、治療を止めました。患者はやがて亡くなりました。この医師が殺人罪で逮捕されました。このような状態でも、1分1秒でも長生きさせることが正義なのでしょうか。

 胃瘻を付けた場合、快復しない限り、胃瘻を止めることは医療関係者にはできないのです。殺人罪で訴えられる可能性があるからです。体力が落ち、最期を迎える場合に、現場を知らない、めったに来ない、病人の世話もしたことのない遠い親戚などが、救急車を呼び、病院へ運び込む場合があります。病院では死期を迎えた患者でも延命治療をしなければなりません。病院では、無理やり延命治療をし、意識もないまま、病院で生きつづけることになります。自宅で、安らかに死にたいと希望していても、病院で延命治療をされ生き続けることになります。病院では、延命治療を止めると死亡するため、延命治療を続けることになります。本人が希望していない「スパゲッティ症候群」で生き続けることになります。家族も、医師も離脱できません。
 

医療の事故の一例

胃瘻を設置した患者で、胃瘻の器具を交換するとき、胃と腹壁との間に隙間ができ、誤って胃の外側、腹腔に栄養を入れてしまった事故がありました。この患者は腹膜炎で亡くなりました。病理医として患者の経過を見たとき、本当に胃瘻が必要だったか疑問を覚えました。意識も認識もない人に半年間栄養を入れ続けていたのです。大切な人に、生きていて欲しいとの願いだったのです。しかし、本人はどう思っていたのでしょうか。意識もない状態で、ただ生かされ続けていたのです。


緩和ケアの実際

 関西医科大学の吉田 良 先生のお話を紹介されました。外科の医師が行う癌の積極的な治療法は、癌を切り取ることです。しかし、癌を取り残した場合、癌と共に生きなければなりません。また、癌が既に転移をしている場合も外科では治りません。この場合、かなり苦しみを伴うものです。最期にどのように看取るか、そして緩和医療とは、どのようなものか紹介します。

 緩和ケア
癌の痛みを取るには積極的に麻薬を使って緩和します。
日本での麻薬の使用量は欧米の使用量の何十分の1です。麻薬に対する悪い先入観と、痛みを
我慢する気質があるようです。しかし、麻薬を大いに使って痛みをなくせば、我慢せず、安らか
に生活できます。 
現在では癌治療と同時に緩和ケアを行います。癌による痛みは当初から起こっているからです。

 ROB療法の効果

麻薬は、痛みが常時ないように使用します。しかし、副作用として、便秘、吐き気などが起こ
ります。ここで、ROB療法では、内臓の動きを良くしますので、副作用を抑えられるのでは
ないかと思います。
ROB療法を活用し、体力を作っておけば、副作用を抑え、有効に緩和ケアができると思います。

穏やかな死を迎えるには
 
 最期に平穏に死を迎えるには、どうしたら良いのでしょうか。
病理医として、患者を解剖すると分かることが有ります。延命治療を積極的に受けた患者は、水ぶくれ状態になっています。延命治療で点滴ばかりすると、患者の内臓は水ぶくれ、浮腫だらけとなっています。この様な状態では患者は苦しいと思います。
 腹水が溜まった場合でも、やたらと腹水を抜くと、脱水状態になり点滴しなければならなくなります。やや脱水状況に置くことです。腹水も人工的に取らず、点滴を最小に抑えると、やがて腹水が消え、患者も動きやすくなります。平穏な状態で痛みもなく見送れます。

 
 終活(最終期の活動)

  終活としては、医療関係者とコミュニケーションをとり、最期にどうするか、決めておくことです。 
最期の時には救急車を呼んではなりません。救急車を呼ぶと、病院で延命治療が始まり、無理やり生かされることになります。
医療関係者と相談し、最期にどうするか話し合いをしておけば、自宅で穏やかに、平穏死を迎えられます。